精神疾患

        

健康になりたい

category - 精神疾患
2017/ 03/ 23
                 
健康になってやる。

誰よりも健康に、キチ○イの病気だと馬鹿にした奴らを見返すほど。

健康、それは万人の理想、憧れ、望みあがなうもの。

もう病気に苦しめられるのは嫌だ。健康になって働いて家庭を持ちたい。

もう50歳だからそんなに長くは働けないとしても、一生精神疾患で人生を棒に振るのは嫌だ。

「ああ健康」「なりたい健康」「つかめ健康」

働くだけの人生に憧れた人生だったが、叶わぬ夢だった。

清く貧しく美しく生きてきたつもりだけど、自分をバカにする輩は大勢居る。

永いものに巻かれて安泰な人生を送ってる奴には死んでも分からない。

最低な人生の条件を提示されても、屈辱を受け入れる勇気。

群れから離れてはみだすことの勇気と強さを。

苦しい病気は厳しい世界。

人間の社会の厳しさなんか乗り越えてしまえ。

どんなに苦しい時間も、希望が見えているから。

時間の中で生きる私たちは、生と死を繰り返す。
                         
                                  
        

ありふれていると感じると癒される。

category - 精神疾患
2016/ 06/ 24
                 
自分は人と違うんじゃないか、どこかおかしいんじゃないかと。

不安になった事のある人にこそ読んで欲しい。




自分がありふれていると感じると。

テンパったメーターがダウンするように、癒されてゆく。

それは主に、車を運転している時。

カーステレオでラジオや音楽を聴きながら、または窓を全開にして風を受け入れて。

乗り物に乗って、変わりゆく目の前の風景を見ていると。

感慨にふけって、自分がありふれていると感じてくる。

特に感じるのは、知らない土地を走る時。

車を運転できない人は、バスや電車やタクシーに乗る時、感じる。

自転車や飛行機や船も癒されると思う。

「自分はありふれている」

と、自分で自己暗示にかける方法もある。

自分は異端者的で稀な存在かもしれないが。

社会道徳の中で生きる一人の人間としては、ありふれている。

「ありふれている」

それはとても素敵で幸せなこと。

それはやすらぎ。

笑って泣いて怒って暮らしている自分は、この世界から見ればちっぽけな存在。

生きる事は特別でなく、昔から変わらない普遍的で当たり前の事。

目立ちたがり屋がメディアに出、自分勝手にくっちゃべっている。

我こそは一番なりと自己アピールは、日本人は苦手だ。

つつましく、和の心を大切にする日本の霊的文化は。

今でも日本人全員の潜在意識に眠っている。

いつか花は咲くように・・・いきなり醍醐味の人生なんてない。
                         
                                  
        

発狂した時

category - 精神疾患
2016/ 04/ 27
                 
十七歳の春に発狂した。

アカシックレコードの夢を試して失敗した。

映画「エクソシスト」を観たせいで、自分も悪魔に憑りつかれているんじゃないかと言う疑いに負けてしまった。

恐怖が自分の心を支配して、大声で泣き叫んで発狂した。

母親が気を使って慰めてくれたが、そのシーンを観ている透明な何かが居る。

やっぱりそれは自分だ。

生きているのか死んでいるのか知らないが、未来の自分が見ている。

その自分がひどく悲しんでいるのを感じた。

親に連れられて精神科に受診した。

待合室で、父親の太いあごひげがぐんぐん伸びてくるのが見える。

恐怖を感じた、幻覚だった。

20歳の時に40歳のおじさんに病気を染された時も、後ろで誰かが見ていた。

やっぱりそれは自分だ。

その時もひどく悲しんでいる未来の自分が居る。

いくつもの時代を駆け抜けて生きぬいた軌跡を、未来の自分は何を想うのか。

何もない退屈な人生なんてあるのだろうか、人生は飽きない。

愛はスリルとサスペンスに満ちている、当たればご名答。
                         
                                  
        

病院に必ず隠ぺいされる患者です

category - 精神疾患
2014/ 08/ 02
                 
歯科医に書いてもらった複合医療が必要な趣旨の手紙を、
精神科医にもみ消された。
会計したら即、精神科院長に追い出された。手紙を返さない。

表面上、誠実な医者が私を侵略者扱い。
他の患者が「助けてやる」「この先生凄く良い人」
「それはあなたが判断することです!」
医者がふたりの間に腕を差し込んでブロックのアピール。
「あなたから患者さんを守っています!」
エレベーターに押し込まれて、医者とツーショット。
「もううちではお断りです」
医者の横顔がニヤニヤに変わっている。
二枚舌だ!
そのクリニックに加害者が紛れ込んでいる。特定出来ない。
職員の声で人工幻聴の強制電波接続。
被害妄想が確定。


病院という所はもみ消し(隠蔽)をする所、昔から痛感します。

昔から聖霊三方原病院にも加害者が大勢紛れ込んでますから。
私は簡単に悪者にされます。職員と学生と患者。誰を信じるの?
実行犯が電磁波兵器を使っていますが。証拠が取れますか?


二年前、精神科病棟C6病棟入院時。
※全入院患者をナースがモニタリング(高額医療、精神科はオペが無いにのにね)ベッドもトイレも、スケベねえ・・・
※「手厚い医療」ですって、勘違いじゃございませんこと?
※「個室でも医療費は変わらないから安心してください」と言うけど高額医療なのね。払い戻し手続きしても高額医療です。
午後5時の人権侵害海賊放送で、医者が患者の人権侵害に加担。
関係が無いぴあクリニック院長、新居精神科医が私のプライバシーを暴露。※この精神科医は私と無関係です。
誤解に誤解の上塗りを重ねた。漫画ワイルドセブンも同人アダルトゲームも他の人間には関係の無い話ですから。

精神科医が患者の自慰行為を暴くのはど~見てもサイコでしょ。

医療関係者が患者の自慰行為が自然現象(天気が晴れるの?)と関係すると信じるのは病気ではないですか? 早くやれ?

                         
                                  
        

光も影を侵略する -MORE

category - 精神疾患
2014/ 07/ 25
                 
誤解が差別を蔓延させている。
怒るべき時に怒らない人間は・・・「真の馬鹿だ!」



今、午後2時。さびれた街だ。昔を思い出すと自分が恐竜の気分。「僕は恐竜」I am A Dinosaur.  by.伊藤銀次
地元の浜松市中心街の開業医へ二度目の受診したけれど、すぐに院長先生に追い出された。

「あなたから患者さんを守っているんです」

「私は患者じゃないんですかっ?」

か弱い腕力で帰りのエレベーターに入れられ、顔と腕が真っ白な院長とツーショット。

「うちではもうお断りですから」

「じゃあ紹介状書いて下さいよ」

「いいから何処でも好きなとこへ行ってください」

紹介状を書いてくれないどころか障害者自立支援制度さえも無視された。
私はその時、誤解したらしい。
今までのトラウマから、私が危険な妄想患者として病院に迷惑をかけると即断した。
で帰宅の運転中、ひたすら疑問を解決したくて悩んだ。

答えは出た。

日陰にある隠れた医院に心が疲れた患者さんが集う。木陰はいっときの心のオアシス。
別にそれもひとつのケアだし、頑張って立ち向かうことだけが治療ではない。
私はやはり明るいから、周囲に影響を与えてしまう。
精神病患者には外部から刺激を受けることは自分の病気がひどくなる危険がある。
でも診察で初めからドクターに薬を飲まない統合失調症患者が大声で迷惑をかけていると決めつけられたから。
叫ぶ。叫ばなければ戦えない。自分はそ~やって子供の昭和時代を育ってきたから。
ハナから誤解を持ちながらどんなに説明しても自分を受け入れない人間には誰であっても怒鳴る。
会話もしないでその人間が何者か判る筈はない。

影がこの世を侵食するように、光だって闇を犯すのだから。

日本ロックバンド、J-WalK の大昔の曲「ウインズ・ブルース吹く街角」が自分の中でリフレインする。

「まるで映画だ」




「運転を控えてください」

診療中に精神科医が患者へ公道を運転することを控えるように説明義務が出来たらしい。
でもそんなのは医療側の都合だから。
安全運転でゴールド免許連続3枚目、自分の免許証に「優良」と書いてある。
集団ストーカー犯罪の隠ぺい被害を訴える為に警察署へ行く度、警官に褒められる。と院長に説明しても。
精神疾患の病人に運転の高度な技能とセーフティマナーを守れる忍耐力がある訳は無いと決めつけている。
怒るのは当たり前だ。
他のドライバーがいい加減な運転で迷惑をかけてきても相手にしないどころか逆に交通規則通り注意する。
公道は安全でなければならないし、交通弱者にも気配りが出来ていなければならない。


花博の街、自分の故郷まで帰ってから、村の神社で参拝した。
産まれた時から私はここの神社で遊んだ。
隣の交番の向かい酒販売店の自販機で、顔見知りに成ったばかりの若い駐在さんがジュースを買っている。

「この暑いのにそんな厚着でよく平気だね」

「大声出すとまたカン違いされるよ?」

「最初から勘違いされてるから同じことだよ」

「あっはははは!」

この何気ないコミュニケーションで私は立ち直る事が出来た。