葛藤

        

猜疑心(疑うこころ)

category - 葛藤
2016/ 01/ 18
                 
私は猜疑心(さいぎしん)が強い。

何か些細なことでも疑ってしまう癖がある。

自分がさらし者になっているという危機感があったからですが。

人権侵害がいじめだという見解が浸透してきたおかげで。

だいぶ世間の笑いものにならなくなってきました。

でも、数年前まではひどかった。

行く先々で赤の他人にゲラゲラ笑われて嫌な思いをした。

自分の本名を言う他人が大勢居る、これは一体どういう事なのか。

裏の有名人になっているのなら、人権侵害の海賊放送はまだ行われているのか。

もう終わったのなら終わったと素直に教えて欲しいのに。

それすらも言えないみたいだ。

散々笑いものにされたから関係妄想がなかなか治らない。

信じる事がすべてだと誓った少年時代。

さらけ出す心は何を疑うのだろうか?
                         
                                  
        

ふざけた人間は嫌い。

category - 葛藤
2015/ 08/ 14
                 
愛情に恵まれていないから誰かに愛情を与えたいと思うのかな。

苦しいから救われたいと思うのは本気。

気持ち悪いくらいに愛を語りたい。


ふざけた人間は嫌い。ふざけてる人間にいじめられるから。

自分の胸はもう大昔から張り裂けたまま。

身体的苦痛も伴う。

胃とすい臓のあたりが切ないほど苦しい。凍り付いている錯覚。

深くえぐられた心の傷がいじめられぬいた日々を呪っている。

魂が痛いと泣き叫んでいる、誰かに甘えたいと言う。

恨みつらみを捨てる事が出来ない。

誰も謝る人は居ないし、無かった事にで済まそうとするから。

傷だらけになってしまった心は汚れたほうが楽なのに。

かたくなに気高い魂を守ろうとしている。

精神はどんなに苦しい苦痛も耐えようとする。

個人的に不思議な人間かもしれないけど、普通な人間でもあるから。

真剣であろうとする人生が無邪気な側面を持ちたいと思う。

願いは想いの波動となって放出を続けている。

夢について持論を語る人は多くいるけれど。

それを聞いて傷つく人も居る。

めったなことは言えないと考える時がある。

世界を変えたいと夢見た。誰も惑わせてはいけないと己を戒める。

愚かな自分を救ってほしいと祈る、こころの中で祈る。

ものごころがつく頃のように元気でいられたら。