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2020/04/25
2020/04/20
2020/03/03
2018/05/01
2018/05/01

独白

        

時代遅れの常識

category - 独白
2020/ 05/ 05
                 
俺が工業高校に通っていた頃。

機械化の旋盤の実習の授業で。

機械化の教師が実習が始まる時に。

「早く仕上げる奴のほうが精度がいいに決まってる」

「遅く仕上げる奴に限って精度度が悪い」

と戦前の帝国主義みたいなことをクラスメイト達の前で言い切るので。

反骨精神が沸いた。

じっくりと時間をかけて作業したほうが精度がいいのができるのに。

この言葉を信じて、黙々と丁寧にゆっくり旋盤で作業した。

クラスメイトが「お前のせいで実習が遅れてるんだぞ」

とか罵ったが。

自分のペースで旋盤を操作した。

一番遅れて工業製品が出来上がった時に教師が。

「やっとできたか、どれみせてみろ」

と言ってノギスを当てて精度を図ると。

「あれえ?あれえ?」

とか言ってる。

クラスメイトの中で一番精度が高いのが出来た。

そりゃそうだ、時間をかけて丁寧に造ったんだから。

当然精度が高い製品ができる。

いい年こいた大人がこんなこともわからんのかと言いたかった。

大人になって鉄工場に努めた時も、旋盤の仕事で上司が。

「早くやれ、不良を出すな!」

と罵ってくる。

早く作業するのと、

精度が高い製品を造るのは反比例しているのに。

矛盾したことを言う人だなと思った。

何も口答えしなかったが。

                         
                                  
        

命を愛おしいと想う

category - 独白
2020/ 04/ 25
                 
一昨日の夜中。

酒が飲みたくなって。

浜名湖大橋を渡って隣町のコンビニまで買いに車を走らせると。

浜名湖ガーデンパークの近くの道路で。

まだ若い猫が車にはねられて路上で死んでいる。

酒を買った帰りに死体を道路わきに運んだ。

4本の足を持ったけど。

まだ体温が温かった。

仮死状態なのか知らない、まだ生きていたかもしれない。

でも片目が飛び出していて、助からないと思った。

脇へ寄せてから、まだ仮死状態みたいな猫の死体に合掌して帰ってきた。

飼い主は悲しんだだろうな。

子供の頃は猫を計100匹くらい飼ったけど。

命というものは愛おしいものだと感じた。

ただ一緒にいてくれるだけでいい、他に何も要らない。

言葉が通じないから喧嘩することもない。

ひげも牙も爪も肉球も尻尾もモフモフも、すべてが愛おしい。

命を喰らう世界で生きているから。

命の儚さ、大切さを学ぶんだ。

人間の寿命も、たったの百年。

愛を学ぶには時間が足りない。

生存競争の暮らしに追われていては。

猫は本能で知っている。

自由に生きるすべを、人間に飼いならされていても。


クロネコ1
                         
                                  
        

サプリ痩せない

category - 独白
2020/ 04/ 20
                 
最近、痩せるサプリメントをネットで買って。

毎日飲んでいるんですが。

コマーシャルで言う便がどドバっと出るのが出ないんです。

今でも便秘で一度も快便はありません。

俺だけなのかな。

誰でも腸に宿便が5キロぐらいたまっていると言って。

サプリにはその宿便を全部排泄する効果があるそうだけど。

俺の場合、一度も宿便が出ません。

結果、6日経ってるのに全然痩せていません。

お腹が張ってます。

別にいいんだけどね、肥満でも。

でも、かっこよく痩せて異性にモテたいなというスケベごころはあります。

太ったの自分の責任だから、肥満に甘んじます。

トリン ア マイノリティ2縮小版
                         
                                  
        

空が青くない

category - 独白
2020/ 03/ 03
                 
俺の住んでいる浜松は、青空が青くない。
平成になってから、水色の空になった。
昭和時代は、濃紺の濃い青色だった。
藍色と言うんだろうか?
他の地域では、空は青いんだろうか?
嘘も必要だと考える人が増え、嘘が当たり前になってしまい。
嘘が蔓延してしまったから、神様が青空を隠してしまった。
カーラジオでは、静岡は今日も快晴の青空ですと言うが。
水色の空じゃねーか。
平成時代は、空がおかしかった。
俺は龍と関係しているので。
俺が世間にいじめられると龍が反応して雨を降らせた。
別に呪われているわけじゃない。
天に好かれているんだ。
若い頃は世の中にいじめられたな。
悔しくて悲しかった。
辛かった時期は終わり、もう誰も堂々と俺を指ささなくなった。
気がついたらおっさんの歳になっていた。
浦島太郎の気分で今日も車を運転する。

祈るA子ちゃん修正版
                         
                                  
        

自分をほめる

category - 独白
2019/ 10/ 31
                 
俺だって紆余曲折してここまで来たんだから。



自分をほめなきゃやってらんないよ・・・



誰もほめてくれないから自分で自分をほめるんだよ。



別に恥ずかしいことじゃない。



何かをするときは、常識や既成概念にはまらないで。



自分が考えたオリジナルの方法がないか模索する。



それが非効率であっても。



自分だけのルールがある。



葛藤する人間は魅力的だよ。
                         
                                  
        

落伍者の人生

category - 独白
2019/ 06/ 03
                 
昭和に産まれた。



ものごころついたとき、「産まれる前に悪いことをした」という言葉が漠然と頭にあった。



3回くらい全く同じ夢を見る。



路地裏を歩いていて誰かに「30円落としましたよ」と語りかける夢。



直後に場面は真っ暗になり、ひどく恐怖が襲う。



永く感じた恐怖が終わると、父親が紙吹雪と歓声を浴びながらガッツポーズをしている。



子供の頃は、両親は仕事で忙しく、独りで孤独に育った。



高校進学で、不良の学校と知らずに、ワルの職業高校へ進学する。



不良になじめず、父親が勝手に手続きし2年で退学させられる。



半年間引きこもりになる。



オカルト雑誌月刊トワイライトゾーンの記事「アカシックレコード」を読み夢を見る。



生涯をかけて愛と勇気のために生きると誓いを立てる。



昭和60年1985年、統合失調症を発病して精神科に入院。



半年で退院して、社会復帰を目指す。



昭和61年春、浜松市の裏町、磐田市へ出稼ぎに人材派遣のお世話になる。



朝8時過ぎ、専務の車であさひやへ朝ご飯を食べに入る。



専務がたくさん食べて力をつけろと言い、専務のおごりで牛丼を食べる。



その時代は確かに自分の青春だった。



人材派遣先の会社の社長の一言で二日でクビになり、意気消沈して浜松に帰る。



社長が「お前明日こんでいいでな」と言う。



ボケの私は「明後日は来てもいいんですか?」と聞く。



「専務に聞け!」と怒る社長。ヤマハ船外機の下請けの会社だった。



時代はバブルの一歩手前で、まだ不景気だった。



昔は障害者雇用の制度が整っていなくて、病気を隠して健常者として働かなければならなかった。



そんなことをしていると、精神病が悪いことのように思えてきた。



その夏、受診している総合病院の紹介で木工所に障害者雇用の半日のアルバイトで入社できた。



最初はまじめに働いた。当時の最低賃金が500円で、時給480円貰った。



毎日おが粉にまみれて働いた、汗びっしょりで。



何日サボってもクビにならないので、2,3年働いた。



その頃はバブルだったと思うが、何の恩恵も受けなかった。



後になってバブルがはじけたと世間が騒いでいても、自分には何のことかさっぱり分からなかった。



20歳、1988年、父親に「成人式に出たいからスーツを買って」と言うと。



「バカ野郎!そんなものくらい自分で買え!!」と怒られた。



スーツを買うお金がないので、悔しいから成人の日は祭日出勤して働いた。



その初春、入院患者のおっさんにお見舞いのお礼だと言って病気を染される。



酷い病気になり、また精神科病棟に入院する。



自分が宗教じみた詩を、非公認の病棟喫茶店の落書き帳に書いたら。



周りの赤の他人が騒いで、マスコミにフォーカスされ始めた。



病棟に居る自分がテレビに映っている。



恐怖を感じる。人権侵害だ、病院が自分をマスコミに売ったのだと思った。



怖すぎて何も言えなかった。



世間に「早く死ね!」と何万回も言われる。



20歳を過ぎて感じた恐怖はすべて、ものごころついたときに見た不思議な夢の恐怖だった。



20歳を過ぎて、仕事は数日しか続かなかった。



忘れもしない1993年25歳の梅雨、求人情報誌で見つけた仕事先。



求人誌にはアルバイトと書いてあったのに、面接に行くと「うちは正社員しか雇わないよ」と言う。



よく考えもしないで働かせてくださいと言い、重労働の梱包業の正社員に就職する。



60キロくらいある商品の段ボールを、一日何百個も運ぶ。



仕事を始めると、必ず幻聴が聴こえてきて、周りにいるおばちゃん全員がゲラゲラ笑う。



幻聴がテレパシーとなって聴こえているのだろう、プライバシーは皆無だった。



工場長もおばちゃんたちの味方をして、自分をいじめた。



1か月もする頃には、背中の筋を切ったみたいで、まともに働けなくなっていた。



起きて生活することも出来なくなっていた。死ぬほど背中が痛かった。



生き地獄だった。自分で「セルフ拷問」と名付けた。



毎日定時まで働いて、整形外科で麻酔の筋肉注射を5、6本打ってごまかしていた。トータルで100本くらい打ってもらった。



三か月たって使用期間が終わり出勤日数が足らずクビになるときには、身も心もボロボロになっていた。



結局その年は梅雨が明けなかった、夏が来なかった。



すぐに精神科病棟に任意入院したが、看護婦も患者も悪に染まっていた。



優しい人は一人もいなかった。



地獄を見た後は、さらに地獄が待っていた。



病棟で昼食時に、生放送のテレビを強制的に観せる。



必ず笑っていいともを選局していて、タモリとかサンマが病棟やお茶の間を覗いて仄めかしていた。



人権侵害されていたみたいだが、病院が人身売買していると思って怖すぎて何も言えなかった。



退院してから3年くらい再起不能だった。



28歳になって、またアルバイトの働きに出た。



求人情報誌で見つけた清掃業。



ジ○ンボエンチ○ーに派遣されて一人で店舗を清掃する。



代わりの従業員がいないから、一日も休めない。



安い給料でも、責任感は一人前だった。



現場には居ない上司に、優秀だと誉められたが。



慣れてくると、職場の店員たちにゲラゲラ笑われて、傷ついて3か月で辞めた。



その後すぐにハローワークで見つけた車のFRP部品を作るプラスチック成型。



会社は儲かっているらしくて、すぐに採用してくれた。



前のところで時給イクラ貰っていたんだと聴かれて、正直に「700円です」と答えると。



「じゃあ700円でいこう」と社長に決められる。



嘘ついて吹っ掛ければよかったと思った。



若い頃は精神安定剤を常用していなかったから、統合失調症で苦しんでいた。



薬の副作用も強かったから、安定剤が嫌いだった。



自分に処方される薬には、精液が出なくなる副作用のひとつがあった。



今常用している安定剤には副作用がほとんどないから、主治医ときちんと飲む約束をした。



車やバイクで世間に出ると、赤の他人が自分のプライバシーを喋り、笑っていた。



自分は周りにどう思われているか、ひどく気にするタイプらしい。



注目されていても、無様なピエロじゃ嫌だな。



リスペクトしろとは言わないが、せめて人権は守ってほしい。



もう50歳だが、17歳の時に立てた志は少しもブレてはいない。



誰もが仲良く笑って暮らせる世界、それが自分の夢。



ささやかな人生、人並みでなくても生きてることに感謝している。

                         
                                  
        

プラズマ攻撃

category - 独白
2019/ 06/ 02
                 
夜になると深いため息が止まらない。



デイケアでもよく、スタッフにため息を指摘されるけど。



原因は心疾患の狭心症だから、気分が滅入っているわけじゃないんだよね。



カテーテル手術で治ると言われるけど、怖くて決断できない。



動脈硬化で血管詰まってるし。



中性脂肪が三倍あって、コレステロールは正常値。



内科で心臓が苦しいと言ったら、ニトロを処方された。



はたして胸がときめいて甘酸っぱい気持ちになるのは、狭心症と関係があるんだろうか。



40歳の春、2008年春の桜の花が咲くころ。



プラズマ兵器で心臓を止められそうになった。



部屋の窓の外でカタカタ鳴ったかと思うと、ドン!といって家中の電気が一瞬落ちた。



心臓痛かったなあ。



この頃は精神安定剤を常用していなくて、自然治癒能力でひたすら寝て病気と心の傷を治そうとした。



重力には再生する作用が含まれているから、病人は横に寝かせて重力の恩恵を最大限に受けさせる。



プラズマ攻撃の直前に幻聴が聴こえて「マーボーのゴーストが来ている」と言っていた。



まただ、未来から俺の幽霊が現在の俺を助けに来る。



多分犯人は創価かどっかの集団ストーカーのバカ者だと思うけど。



これが原因で心疾患になったと思うんだけど。



内科医の医者にこんなこと言えないよな。
                         
                                  
        

落伍者の人生

category - 独白
2018/ 05/ 18
                 
昭和に産まれた。



ものごころついたとき、「産まれる前に悪いことをした」という言葉が漠然と頭にあった。



3回くらい全く同じ夢を見る。



路地裏を歩いていて誰かに「30円落としましたよ」と語りかける夢。



直後に場面は真っ暗になり、ひどく恐怖が襲う。



永く感じた恐怖が終わると、父親が紙吹雪と歓声を浴びながらガッツポーズをしている。



子供の頃は、両親は仕事で忙しく、独りで孤独に育った。



高校進学で、不良の学校と知らずに、ワルの職業高校へ進学する。



不良になじめず、父親が勝手に手続きし2年で退学させられる。



半年間引きこもりになる。



オカルト雑誌月刊トワイライトゾーンの記事「アカシックレコード」を読み夢を見る。



生涯をかけて愛と勇気のために生きると誓いを立てる。



昭和60年1985年、統合失調症を発病して精神科に入院。



半年で退院して、社会復帰を目指す。



昭和61年春、浜松市の裏町、磐田市へ出稼ぎに人材派遣のお世話になる。



朝8時過ぎ、専務の車であさひやへ朝ご飯を食べに入る。



専務がたくさん食べて力をつけろと言い、専務のおごりで牛丼を食べる。



その時代は確かに自分の青春だった。



人材派遣先の会社の社長の一言で二日でクビになり、意気消沈して浜松に帰る。



社長が「お前明日こんでいいでな」と言う。



ボケの私は「明後日は来てもいいんですか?」と聞く。



「専務に聞け!」と怒る社長。ヤマハ船外機の下請けの会社だった。



時代はバブルの一歩手前で、まだ不景気だった。



昔は障害者雇用の制度が整っていなくて、病気を隠して健常者として働かなければならなかった。



そんなことをしていると、精神病が悪いことのように思えてきた。



その夏、受診している総合病院の紹介で木工所に障害者雇用の半日のアルバイトで入社できた。



最初はまじめに働いた。当時の最低賃金が500円で、時給480円貰った。



毎日おが粉にまみれて働いた、汗びっしょりで。



何日サボってもクビにならないので、2,3年働いた。



その頃はバブルだったと思うが、何の恩恵も受けなかった。



後になってバブルがはじけたと世間が騒いでいても、自分には何のことかさっぱり分からなかった。



20歳、1988年、父親に「成人式に出たいからスーツを買って」と言うと。



「バカ野郎!そんなものくらい自分で買え!!」と怒られた。



スーツを買うお金がないので、悔しいから成人の日は祭日出勤して働いた。



その初春、入院患者のおっさんにお見舞いのお礼だと言って病気を染される。



酷い病気になり、また精神科病棟に入院する。



自分が宗教じみた詩を、非公認の病棟喫茶店の落書き帳に書いたら。



周りの赤の他人が騒いで、マスコミにフォーカスされ始めた。



病棟に居る自分がテレビに映っている。



恐怖を感じる。人権侵害だ、病院が自分をマスコミに売ったのだと思った。



怖すぎて何も言えなかった。



世間に「早く死ね!」と何万回も言われる。



20歳を過ぎて感じた恐怖はすべて、ものごころついたときに見た不思議な夢の恐怖だった。



20歳を過ぎて、仕事は数日しか続かなかった。



忘れもしない1993年25歳の梅雨、求人情報誌で見つけた仕事先。



求人誌にはアルバイトと書いてあったのに、面接に行くと「うちは正社員しか雇わないよ」と言う。



よく考えもしないで働かせてくださいと言い、重労働の梱包業の正社員に就職する。



60キロくらいある商品の段ボールを、一日何百個も運ぶ。



仕事を始めると、必ず幻聴が聴こえてきて、周りにいるおばちゃん全員がゲラゲラ笑う。



幻聴がテレパシーとなって聴こえているのだろう、プライバシーは皆無だった。



工場長もおばちゃんたちの味方をして、自分をいじめた。



1か月もする頃には、背中の筋を切ったみたいで、まともに働けなくなっていた。



起きて生活することも出来なくなっていた。死ぬほど背中が痛かった。



生き地獄だった。自分で「セルフ拷問」と名付けた。



毎日定時まで働いて、整形外科で麻酔の筋肉注射を5、6本打ってごまかしていた。トータルで100本くらい打ってもらった。



三か月たって使用期間が終わり出勤日数が足らずクビになるときには、身も心もボロボロになっていた。



結局その年は梅雨が明けなかった、夏が来なかった。



すぐに精神科病棟に任意入院したが、看護婦も患者も悪に染まっていた。



優しい人は一人もいなかった。



地獄を見た後は、さらに地獄が待っていた。



病棟で昼食時に、生放送のテレビを強制的に観せる。



必ず笑っていいともを選局していて、タモリとかサンマが病棟やお茶の間を覗いて仄めかしていた。



人権侵害されていたみたいだが、病院が人身売買していると思って怖すぎて何も言えなかった。



退院してから3年くらい再起不能だった。



28歳になって、またアルバイトの働きに出た。



求人情報誌で見つけた清掃業。



ジ○ンボエンチ○ーに派遣されて一人で店舗を清掃する。



代わりの従業員がいないから、一日も休めない。



安い給料でも、責任感は一人前だった。



現場には居ない上司に、優秀だと誉められたが。



慣れてくると、職場の店員たちにゲラゲラ笑われて、傷ついて3か月で辞めた。



その後すぐにハローワークで見つけた車のFRP部品を作るプラスチック成型。



会社は儲かっているらしくて、すぐに採用してくれた。



前のところで時給イクラ貰っていたんだと聴かれて、正直に「700円です」と答えると。



「じゃあ700円でいこう」と社長に決められる。



嘘ついて吹っ掛ければよかったと思った。



若い頃は精神安定剤を常用していなかったから、統合失調症で苦しんでいた。



薬の副作用も強かったから、安定剤が嫌いだった。



自分に処方される薬には、精液が出なくなる副作用のひとつがあった。



今常用している安定剤には副作用がほとんどないから、主治医ときちんと飲む約束をした。



車やバイクで世間に出ると、赤の他人が自分のプライバシーを喋り、笑っていた。



自分は周りにどう思われているか、ひどく気にするタイプらしい。



注目されていても、無様なピエロじゃ嫌だな。



リスペクトしろとは言わないが、せめて人権は守ってほしい。



もう50歳だが、17歳の時に立てた志は少しもブレてはいない。



誰もが仲良く笑って暮らせる世界、それが自分の夢。



ささやかな人生、人並みでなくても生きてることに感謝している。

                         
                                  
        

イライラした事ない

category - 独白
2018/ 05/ 01
                 
俺は人生の中で、ほとんどイライラした事無い。



もたもたしている人を見ればじれったくなるけど。



イライラして怒りっぽくなったことなんてない。



今まではハラハラしっぱなしで、いつも何かに怯えていた。



焦燥感という病気らしい。これもイライラに該当すると医者に言われた。







大切なものを守るためとか言って、争いが始まる。



好きという感情があるから戦争は無くならない、とかタモリは言ったらしいけど。



タモリは一番軽蔑すべき人間、人の痛みが分からないらしい。



若いころに「笑っていいとも」でモニタリングされて、人権侵害され仄めかしされ笑いものにされた。



好きなものや人を奪われると憎しみや怒りが暴発する、とか。



戦争肯定派の人は、自分の攻撃性を正当化するけど。



もっと穏やかな気持ちになろうよ。



やっぱり人を疑うのは良くないよ、騙されたとしても。



21世紀になっても、国家間で争っている。



人が争っている世界なんて見たくないよ。



平和が好きだ。



平和ボケじゃないよ、人になじられてきたからそう思うんだ。



みんな助け合って分け合って仲良く生きていれば、いざこざなんて起こらないよ。



どうですか?きれい事に聴こえますか?



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おっさんでも輝きたい

category - 独白
2018/ 05/ 01
                 
俺の人生は仁徳を積む修行だった、まるで修行僧のように。



だから一般的な、学校へ行って就職して、働くだけの人生にはなれなかった。



もちろん悔しかった。なぜ働かぬといろんな人に責められた。



働いてお金を貯めて、お嫁さんをもらって子供を授かって、家を建てる。



当たり前の幸せこそ価値があるのなら。



俺の幸せは人には理解出来ないのだろう。



カタチあるものがすべてのこの世界で、見えない徳を積む生き方は。



時に目標を見失い、虚しくなる。



心のよりどころが欲しい、熱く確かめる揺るぎないものが。



生きる意味は一つじゃない。



人の数だけ人生があるんだから、既成概念の生き方すべてではないだろう。



これは葛藤。



心の中で戦っている。



輪廻転生の中で今世俺が体験するのは、見えない世界の大切さと、愛の偉大さを知る事。



父親が望んでいる、金儲けのうまい人間にはなれないさ。



どこまでも心眼を開花させる運命だから。



自分の信念に恥じぬよう、不遇な運命でも負けない。



人の数だけドラマは産まれるんだ。



ならばどんな事があっても生きてゆけるさ。



セーラー服とアサルトライフル墨入れIMG縮小版