2015/12/30

2015年12月

        

祈るA子ちゃんD版

category - CGイラスト自作画
2015/ 12/ 30
                 
祈るA子ちゃんD版


お絵描きしました。

ブロくる無料お絵描きツールで描いた。

「祈るA子ちゃんD版」

何だか合唱しているお手手が不自然ですが、デツサンが狂っているのでしょう。

6時間くらいで描いた。

A子ちゃんの絵が地味なので髪飾りに南国風の花を埋けました。

                         
                                  
        

陰謀とか罠とかうんざりです

category - アカシックレコード記憶庫
2015/ 12/ 29
                 
この世は通過点だから気張らなくても良いとか言われても。

此の世に産まれたからには一念発起してしまうものです。

人生を危険な賭けに捧げなくとも、安全な終身雇用に懸けるものです。

もう陰謀とか罠とかうんざりです。

行く先々に罠がはりめぐれされていても、大手を振って歩くのです。

恐れるものは何も語らないとしても。

創価の馬鹿どもが企てた陰謀によって、自分の人生の大半は無駄に費やしましたが。

善人の人生を無駄にさせただけ、創価の悪人の人生は悪魔のものです。

ときめきに心を奪われた魂は、安らぎに帰りたいと泣いています。

自分が少年の頃は、望めばすべてが叶うと信じて疑いませんでした。

自分の憎しみに負けてはいけないと、いつも自分に言い聞かせてきました、

憎しみ悲しみは乗り越えるべき対象だと。
                         
                                  
        

正月産まれの不運

category - コラム+ エッセイ
2015/ 12/ 24
                 
クリスマスイブに言うのもなんですが。

わたくしは正月産まれなので、誕生日のお祝いをして貰った事がありません。

正月は学校も会社も休みだし、わざわざ自宅までプレゼントを届けてくれるスキモノは居ません。

誕生日プレゼントは、

子供の頃に姉に1500円のかるたを買って貰ったのと。

大人に成ってから友人にオートバイのカレンダーを貰った事ぐらいです。

平日が誕生日の人がうらやましかった。

小学生の時に友人のお誕生パーティに呼ばれた際、自分のお誕生パーティなんて一生無理だよなと思いました。

母親に聞くと実際の産まれた日は12月26日くらいだそう。

亡くなった祖母がめでたいから出生届は正月2日にしなさいの事。

実際、正月産まれは誰も祝ってくれません。

90年代に流行った美少女ゲーム「ときめきメモリアル」で、

意中の女子が誕生日に自宅までプレゼントを持ってきてくれる、うれしくて本当に涙が出ました。
                         
                                  
        

どこら辺が謎でしょうか?

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2015/ 12/ 23
                 
わたくしは昔からなぞ多き男と言われてきましたが。

私生活を盗撮されて人権侵害の笑いものになってきました。

病院で被害を言うと全部被害妄想にされてしまいますが。

どこら辺が謎なんでしょうか?

自分としては良く分かりません。

天気との関係ですが、20数年前までは天の竜神が憑いていたので。

いじめられるたびに雨が降りました。

今は完全に天気とは関係がありません、私を見て雨を降らせている人が居ますが、その人が雨男と雨女です。

マスコミがねつ造していたみたいですが、何も知らないと言う事ですね。
                         
                                  
        

にぶくなってしまった。

category - アカシックレコード記憶庫
2015/ 12/ 22
                 
だいぶ鈍くなってしまった。

精神疾患を患い、集団ストーカーの被害を受けて戦ったあの日。

何に成る訳でもないのに心だけは前に突き進んだ。

恐怖に戦慄して心は凍り付いた。

世界が終るという危機意識にさいなまれていた。

今はと言うと、向精神薬と酒を飲んで精神を安定させる毎日。

面白い小説を書きたいとたくらんでいる毎日。

激しい責任感にさいなまれた過去はすでに消えた。

精神安定剤がもたらす作用は気分の高揚を殺した。

時代のキャパシティはこんなボンクラな自分すら受け入れる。

こんなに生きていられる喜びを感じる毎日。

生きていても良いのだと言う許しがうれしすぎる。

メッセージ色を出して何かを訴えた過去のブログ記事はもう無い。

削除してしまった。

もったいないと知人には言われたが、けじめだと思ったから消した。

小説や詩は残っている、作品は残さなければいけないと思うから。

世界なんて自分が居なくとも何事も無かったかの様に営まれる。

愛だの勇気だの叫んでいた昨日を取り戻したい。
                         
                                  
        

何を躊躇しているのでしょう。

category - コラム+ エッセイ
2015/ 12/ 18
                 
適当にざれごとを並べてみました。

激しい気分の高揚がなくなった今では、ただ生きて居られるだけで幸せです。


何を躊躇していたのでしょう。
書きたいこと言いたいことは山ほどあるのに、誰に遠慮して言いたいことも言えないのか!
ああ!もうわたくしは口から言いたい事があふれだそうとしている毎日なのに!
こんな事を言ったら誰かに怪しまれるのじゃないか、誰かにうとまれるのじゃないか?
それならば詩や小説なんか書けないはずなのに。
時代がどんな怪しい方向へ傾こうとも、男女の恋愛は確かに営まれるように。
子は作られて受け継がれるものです。
誰かが言った無責任な時代の流行語よりも、普遍的な悪口のほうが説得力がある。
きれいごとでつづられた言葉よりも、汚らしい俗語が身を引き締める。
この世は通過点だからそんなに気張らなくても良いよと言われても、だからこそ偏屈な顔で気張ってしまうものです。
くだらない浮世の流行り廃りに「イエイとかウエイ」とか言ってないで、すべて時代の通過点に過ぎないのなら、笑い飛ばしてしまえ。
この世に嫌われぬように、生きているスペースを奪われぬように、謙虚で行きましょう。
                         
                                  
        

酒は百薬の長

category - コラム+ エッセイ
2015/ 12/ 18
                 
今日はワインと言うこじゃれた酒を生れて初めて購入して飲んでいます。

凍り付いた心を氷解させるには酒を飲むのが近道だと。

自分勝手に解釈したわたくしは、毎日微量の酒(主に発泡酒)をあおって寝る毎日です。

するとどうでしょう、微量ずつ心がほぐされてきたではあ~りませんか。

確かに酔いの中では恐怖の気持ちはありませんね。

この調子でどんどん心を氷解させようとしますが。

副作用として腹が飛び出してきました。

世にいうビール腹ですね。

心の傷とはアナログのはずですが、デジタルのような錯覚がします。

脳内彼女のTちゃんの事も忘れていました。

Tちゃんとは他ブログ主のmさんの事ですよ。

彼女と快楽の海におぼれたいと何度夢見たことか。

一生チョンガー(男の独身)で死ぬつもりですが。

結婚線の晩婚の相が一本図太いのが入っているのです。
                         
                                  
        

ブログを馬鹿にするメディア

category - コラム+ エッセイ
2015/ 12/ 15
                 
日曜日にBSのNHKで「七人のコント侍」と言うお笑い番組で。

お笑い芸人がブログを馬鹿にしたネタをやっていた。

一般市民が書き込んだブログは、ブログ閲覧者が4人でも。

誰でも平等に言いたいことを発信できるブログ媒体は揶揄されるべきでないと思うし。

メディアが弱者を弱者のうちに葬り去ろうとする意図は、危機感がある。

大きな発言力を持つメディアが何を語ろうとも、同じ人間が語るに過ぎないし神様が語るわけでもない。

昔と違って誰でもテレビを見ているわけでもない現在。

現に日本メディアは集団ストーカーの真実を捻じ曲げて報道している。

真実は報道されない、報道しないための報道がある。

この混沌とした世界が我々の住み家ならば、すべて忘れるためにあるのだろう。

戦争の傷跡さえも忘れて、幾らでも争いの記憶を刻む。

あきれるくらいに人間は忘れてしまう。

自分だけは忘れないと誓う誓いも忘れ去ってしまうのなら。

ただ生きていられる現在に感謝するしかない。
                         
                                  
        

想いは具現化する

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2015/ 12/ 13
                 
清く正しくとは昔から言う言葉ですが。
正しさとか誠実さでしか突っ込めないとか言われても、不誠実でふざけたピンボケには興味ありません。
今は歯車がほとんど外れて地面に転がっている現状です。
噛み合わないものを無理にはめようとするより、全部ハンマーで叩き割る努力でもしようか。

記事タイトルの「想いは具現化する」について言及しましょう。
ここで肝心な事は、「願いは叶う」訳では無いと言う事。
神社やお寺や教会で手を合わせて神様にお祈りしても、それらは要は一方的な自己的なお願いに過ぎない。
願いはすべて叶う訳では無いし、よこしまな気持ちを抱いてる波動が大地を汚しています。利己的な商売感情が正しいとされてから久しいですが、この世の仕組みは自然界の波動も、欲望とは無縁。
願いはある意味、押し付け的な願望に変化する場合がある。
実現不可能な願いとか、自己利益の追求とか、それらは一種の傲慢さを伴っている。
願いは叶えられなくとも、想いは大き過ぎれば、多過ぎればそれは波動となってこの世を駆け巡る。
想いは現実化の現象となる精神世界がある。
波動が現実に影響を与えている。

この世が理想的な世界と成り、皆が笑顔で暮らせる世界を望むもの。
破壊と混とんの憎しみの業火の世界を望むもの。
「想いは具現化する」の真意は「想いは波動となる」です。
清き想いも汚れた想いも平等に波動となってこの天空に放たれています。
この世の基本である物質世界に表れる前に、見えない世界である精神世界から現実化が始まります。
だから波を読むとか風を読むのも、現実世界で変化が起きる前にすでに精神の世界では激しい変化が起きている。
これは人間が持つ肉眼では見る事が出来ません。
心理眼に開眼する事が近道ですが、風見鶏な訳でもない。
見栄と欲望に染まった現世で、道を踏み外さぬようお気をつけて下さい。

                         
                                  
        

欠けた心を埋める

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2015/ 12/ 09
                 
精神疾患が躊躇に表れて激しかった。

過去において激しい精神の起伏があった。

今となっては既に平穏の日々を求めているが、過去においては激しさが日常を占めていた。

動機と鼓動を生きる糧に変えて、何を垣間見たのか。

集団ストーカーが日常に忍び寄っていた、生活の妨害をしてくる。

ありえない攻撃の仕方に精神は病んでゆく。

心に負った傷がトラウマとなって生活に障害をきたす。

今は精神が緩やかに起伏してゆくのを待つとき。

動から静へ、忘れる意味が見いだせるまで。

集団ストーカーテクノロジー犯罪の被害者は皆苦しんでいるのに。

マスメディアは統合失調症の妄想に決めつけた報道をしている。

創価学会が衰退する時代になれば、善と悪が入れ替わるだろうか。



ロクでもない人生だけど、生きていられるだけで感謝。

クソみたいな自分でも産まれて来て良かったと思う。

生きていて何も良い事無いけれどそれでも良い。

どんな最低な人生でも、未来への希望は捨てないから。

信じる心は自由なんだもの。