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座禅と宇宙

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2014/ 07/ 04
                 
仏教のお寺で修行僧達は座禅という修行を毎日行います。
日本人なら誰でも知っていますよね。
わざわざお寺に出向かなくても。自分の部屋で座禅は出来ます。
畳の部屋でなくフローリングの部屋なら座布団を敷いて座禅を組めば良いんです。自分の部屋は落ち着くでしょ?
住めば都です。
それなら自分の好きな時間好きなだけ座禅。禅の修行が出来ます。
修行とは強制ではなく自発的でなければなりません。
積極的な苦痛との挑戦によって、魂は磨かれてゆきます。
修行に必要な精神は、覚悟と忍耐力です。

禅の時、無我の境地になれと言いますが。雑念を振り払えとか。
簡単なんです実は。
自分の思念の中で、言葉を捨てるんです。言葉記憶喪失。
当然一時的にですが。
煩悩などの雑念は、言葉と深く関係があります。
無意識に近づこうとすれば、意識は言葉どころか時間さえも忘れます。眠らずに起きていながら、自我を忘れるのです。
気にするという事は執着心なんです。ワレ無に帰る。
そこには宇宙が存在します。いや己が宇宙の仲間に入るのです。

もしもこの試練が達成出来る様に成れば、あなたは自分の心から濁りがどんどん消えてゆく事に気がつくでしょう。
邪から遠ざかる事が、負のカルマを刈り取る近道でもあります。

修行とは座禅一つ種類でありません。
同じように自分の部屋で似たように出来るのが、正座です。
正座に慣れていない人は、少しの時間でも正座を続けると足がシビレテ立てなくなりますよね?
身体的苦痛に耐えてますよね。
だからこれも積極的自発的に行えば修行になります。
修行の意味は、自発的に自らを戒めて魂を昇華させる事です。
魂から濁りや邪を消し去ってゆく行為です。
人間が人生において苦痛に耐える事が修行なんです。
修行は、宗教の修行僧だけの特権ではありません。人間、誰でも実行しても良いんです。タダですしね。

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