Post

        

復讐と呼ぶ感情論R

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2015/ 08/ 29
                 
   復讐という感情論は正しいのだろうか。

江戸時f代では、仇討ち(あだうち)は江戸幕府が公式に認めていました。
個人的な決着に任せていたため、返り討ちにあって殺されても幕府は目を伏せていたそうです。

現代のワールドワイドでは、ニューヨークの貿易センタービルが同時多発テロにあい、歴史上初めてアメリカ本土を攻撃されたとテレビでは観ましたが。
本当は太平洋戦争の末期、日本軍が風船爆弾を製造。貿易風だったかジェット気流に風船を乗せて爆弾を運び、運頼みにかけて米本土攻撃をしたそうです。そのほとんどはアメリカ軍の戦闘機などにより撃墜されたそうですが。当時の米国の新聞に、アメリカ本土西海岸で謎の住宅火災や山火事が発生したと載っていたそうです。
この風船爆弾の技術は当時画期的だったそうです。
高度差によってバラストを自動で捨てる機能。気圧や高度計、温度差の温度計。
開発した日本人技術者は優秀だったと記録されています。
製造したのは生き残っていた婦人や子供の国民でした。

脱線しました。その同時多発テロの復讐に憎しみを正当化させてテロリストたちを殺し続けています。大義名分があれば責められはしないと踏むのでしょう。テロリストは全員殺すと言っていましたブッシュ前大統領は。
世界を目撃者にしてアメリカの正義を勝ち取る。米空軍は仕事をしないで西マスメディアのカメラがスタンバイしていた。
自国民の命をショーに使う、まるでハリウッド映画の世界。
ペンタゴン・アメリカ国防省はベトナムの敗戦から学んだのです。
「大義のない戦争は必ず負ける」

この世界は、国が公式に殺人をする世界です。
国という部落間対立がなくなれば良いのですよ。
世界の国々と言う価値観を脱ぎ捨てて、一つの地球国家を創れば良いのです。人種の違いを乗り越える事が出来るのですから。
飢餓貧困(きがひんこん)や差別だって無くなります。
国境なんて言葉が無くなれば良いのです。
大切なキーワードは、手を取り合って助け合って生きてゆく。
どんな人とも仲良くなれる。友愛や博愛主義です。
自分だけの利益を優先しない、それは超民主主義(利他主義)です。
多数決で物事を決めるのが民主主義ですが。それでは少数派はいつも泣きを見ます。全員が納得できるまで、分けあって譲り合って考えてゆく価値観です。
これはキレイ事でしょうか。十分実現可能な話です。
不可能と思えることでも人間はチャレンジをします。最初からバカバカしい無理だとあきらめていれば、何も起こりません。
自分たちで奇跡を創れば良いのですよ。
人間は誰だってフィールドに立つプレイヤーなのですから。
利害関係でしか物事を測れない頭脳では、到底たどり着けない理想です。

前にテレビで観た話ですが。現代のアメリカは大昔のローマ帝国と同じだと語っていました。
正義を語り正当化させ、他国に武力を持って侵攻。聞き分けの悪いガキンチョみたいです。

「一番喜んでいるのは全米ライフル協会」
アメリカ本土が銃規制できない原因がこの協会。
ホワイトハウスよりも権力が上。圧倒的なカネと権力。


関係ない話ですが。凶悪犯罪などにより殺人事件が発生して。
その遺族が「あいつ(容疑者)を死刑にして下さい」と言うのは。
憎しみの業火に焼かれているからだと思いますが。
果たしてそれでいいのでしょうか。恨みが晴らす事が出来ればそれで良いのでしょうか。自分は不自然さが残ると感じています。
もしも被害者の故人が天国に居るのなら、喜んではくれないと思います。

本来ならば、怒りや憎しみもまた、乗り越えなければならない試練です。ヤられたらヤり返すと言う価値観が、皆を不幸にしている原因ならば。乗り越えるべきハードルが憎しみの感情なのだと思います。お釈迦様が語っておられた事だと思いますが。人間には、許すという高難易度な感情があります。
慈悲(じひ)の心ですよ。許す価値観は社会道徳の成功例です。

私は最近まで知らなかったのですが。他人にねたまれたり嫉妬をされて、いくつも妨害されてきたそうです。でも復讐なんてしてませんよ私は。
関連記事
                         
                                  

コメント

非公開コメント