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想いは具現化する

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2015/ 12/ 13
                 
清く正しくとは昔から言う言葉ですが。
正しさとか誠実さでしか突っ込めないとか言われても、不誠実でふざけたピンボケには興味ありません。
今は歯車がほとんど外れて地面に転がっている現状です。
噛み合わないものを無理にはめようとするより、全部ハンマーで叩き割る努力でもしようか。

記事タイトルの「想いは具現化する」について言及しましょう。
ここで肝心な事は、「願いは叶う」訳では無いと言う事。
神社やお寺や教会で手を合わせて神様にお祈りしても、それらは要は一方的な自己的なお願いに過ぎない。
願いはすべて叶う訳では無いし、よこしまな気持ちを抱いてる波動が大地を汚しています。利己的な商売感情が正しいとされてから久しいですが、この世の仕組みは自然界の波動も、欲望とは無縁。
願いはある意味、押し付け的な願望に変化する場合がある。
実現不可能な願いとか、自己利益の追求とか、それらは一種の傲慢さを伴っている。
願いは叶えられなくとも、想いは大き過ぎれば、多過ぎればそれは波動となってこの世を駆け巡る。
想いは現実化の現象となる精神世界がある。
波動が現実に影響を与えている。

この世が理想的な世界と成り、皆が笑顔で暮らせる世界を望むもの。
破壊と混とんの憎しみの業火の世界を望むもの。
「想いは具現化する」の真意は「想いは波動となる」です。
清き想いも汚れた想いも平等に波動となってこの天空に放たれています。
この世の基本である物質世界に表れる前に、見えない世界である精神世界から現実化が始まります。
だから波を読むとか風を読むのも、現実世界で変化が起きる前にすでに精神の世界では激しい変化が起きている。
これは人間が持つ肉眼では見る事が出来ません。
心理眼に開眼する事が近道ですが、風見鶏な訳でもない。
見栄と欲望に染まった現世で、道を踏み外さぬようお気をつけて下さい。

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