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語り合えるものなら

category - 内宇宙の信仰心_無宗教
2017/ 01/ 08
                 
人生を語るには、自分はいまだ未熟だと思うけれど。

振り返ってみれば一瞬の刻。

目立つのが苦手なのに多くの人から注目されてしまう。

だったらそれを活かして自分を理解してもらう様に努力すれば良い。

同年の人達が学校を卒業してから働いて家庭を持ち、子孫を残している。

自分は病気に病んで人生の大半を闘病の時間に使った。

有り余る時間を働かずに慰問に費やした。

襲い掛かる災難に立ち向かえば、飽きている暇は無い。

自分は自分、人は人だと思えばたやすい。

でも立ち止まり考えてしまう、こんな情けない人生でよかったのだろうか?

人とは違う人生に思い悩むのは必然として。

会社に奉公して働き続けても、リストラされて無職になってしまう場合だってあるし。

謙虚で居たいと思う気持ちが強すぎて。

「自分なんて」とか言って趣味の絵に悲観的に成るときもある。

謙虚が行きすぎたら自虐的な卑屈になってしまう。

努力の結果は自己満足に変えても良い。

自分の魅力や才能を過小評価してきたらしい。

周りの調和を崩さないようにつつましく生きているから、気づかれる事も無い。

少年の日に夢見た夢は叶わないと思う。

世界平和によるこの世界の存続が夢。

最近の時世は、また戦争の時代に逆戻りしたがる輩が威張りだしている。

核武装論とか地球は人間の暴走を呆れているんだろうな。

今の自分に財産は何もない。

まっすぐに生きた、ひねくれる事の無い自分の感性が、偽る事が出来ない宝。

多くの人と語り合いたいと思う。

社交辞令やネットで流行の気休めの冗談の言い合いじゃなくて。

熱心なトークを語り合える熱いディスカッションが欲しい。

時代遅れでも時流から外れていても良いから。


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