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評論家は個人

category - コラム+ エッセイ
2018/ 04/ 07
                 
戦争映画のDVDを集めている。



第二次世界大戦から現代戦。



おもに資料的な意味合いで観ている。



反戦主義者だけれど、小説のネタ作りにならないかと思って。



戦争映画観れば観るほど戦争嫌いになる。



でもミリタリーマニアになってゆく矛盾がある。



今日もレンタル落ちの中古買ってきた。



「ハート・ロッカー」というイラク戦争の米軍の爆弾処理班の映画が良かった。



シリアスな戦場の映画はよく観るけれど、爆弾の恐怖が描かれている。



https://youtu.be/J22-8Bu4mHw



銃火器には詳しくなったけれど、剣と魔法の世界はさっぱり判らない。



ドラクエも一回もクリアしたとないし、ジョブとか全然わかんない。



RPGやるより自分の人生のほうがよっぽど面白いよ。



にしても、評論ていうのはあくまで個人、一人の人間の立場での評価でしかない。



評論家は神様でもないし、大勢の人の代弁者でもない。



評論家の生まれ育った環境や性格が反映されて評価を下す、それは神判定ではない。



ならばどんな人でも評論家と言える。



評論家と呼ばれる人が偉そうにごたくを並べるのはウンザリ。



評論家という商売は干あがってしかるべきだ。

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