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個人と他人と利害と特定

category - コラム+ エッセイ
2014/ 09/ 07
                 
私は馬鹿正直ではありません。何十年も綺麗な本性を隠したのは大変でしたし、企みや野望はありません。
嘘がつけない精神は病気だし、馬鹿嘘つきと言う言葉は無いですよね?


私は昔から、他人を特定しないように努力して来ました。

理由は自分がマスメディアの隠し持つ悪意によって、集団ストーカーされている自分と関わる人が狙われない様に。
また自分がその人を恨んでしまわぬ様に。実際に名を名乗らない人が多かったし。
それでも自分は絶対に名乗ります、自分から。偽名を使ったことは一度もない。

文章を公開することは、誰にでも理解が出来る様に硬過ぎず柔らか過ぎず。
簡単に言えば、一点に留まらない事。一点としての固定点でなく浮遊点。
浅すぎる皿でカレーライスを出す店が今も在りますが、食べにくいったらありゃしない。
逆に深すぎる皿ではカレーどんぶりに成ってしまいます。

つまり、我に合わせろ。我が店のポリシーに合わせて食え。
自分の高難易度の美しい文体を理解するまで励めよ、これでは裸の王様ですから。仙人が下界に住む話。

活字とはその時代に合わせて変動しています。だから昔の古事記万葉集なども、結局は流行り歌です。
自分にはチンプンカンプンです。学生時代に勉強しても習得出来なかった。
現代標準語が東京弁を基準にしていますから、今の日本語も遠い未来では、難解な古文だと未来日本人は思うでしょうね。
詩とは、書き方手法に決まり事はありません。詩は川柳のような縛りはない、別の魅力を持ちます。
音楽の歌の歌詞も縛りがある。楽譜の法則を破れません。
美しい文面を魅せるなら、美しい絵画を描いたほうが現実的。自分はまだ描いていませんが。


ランチタイムです・・・ブレイク。再開の保障はありません。

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